横山ゆあのスッポンポンプロフィール。

横山ゆあのスッポンポンプロフィール。



こんにちは!
横山ゆあと申します。

いろいろ記事を書いていますが、
私のことを書いた記事がないことに
気付き、はじめましての方も
本当に多いと思うので、
今さらですが、スッポンポン
プロフィールを書きます!

シングルマザーの道を選ぶまで

三つ子の魂、百まで。

私は現在、シングルマザーとして
ふたりのかわいい子どもと暮らしています。

私の母もシングルマザーなのですが、
女手ひとつで育ててくれて
最近本当に大変だったのだと
実感しているところですw

私の母は会社を経営している
バリバリの女社長で、
朝から晩までいない日も
結構ありました。

一人っ子だったので、
マザコン全開で誰にも懐かず、
まじで大変だったらしいっすw

そんな頑張ってくれている母の横で
大きくなったら〇〇がしたい!
なんて大きな夢もなく、
幸せな結婚がしたいなー…
女社長もかっこいいなー…
とぼんやり眺めていました。

親になって思うのですが、
一人っ子のシンママって
結構多いと思うんですけど、
正直さみしいですよね。

親側も子側もそれぞれに
感じ方の違う寂しさというか
お互い言えない寂しさみたいな
妙な感情があったんだろうなと。

この話はまた改めて書きますね!

 

最近しみじみ思いますが、
「三つ子の魂百まで」
という言葉は本当にその通り。

小さい頃の私、特に3歳くらいまで
何不自由なく生活してきました。

引っ込み思案だった私のそばには
いつも母や母の会社の人が
常にいてくれて、名前を聞かれても
年齢を聞かれても、誰か答えてくれる。

なにかしたいことがあれば、
誰かに言えばいいし、
できないことはできないと言えばいい。

「誰かがどうにかしてくれる」

と備わってしまった気がします。
そんなことないのにね。

社会人になって自分で気付くまで
私は女版のジャイアンだったw

 

関連記事:一人っ子は病気?悔しかったら出世しろ!一人っ子こそ努力するべき。

 

学生になって抱えたコンプレックス。

小学生から中学生、高校生
そして大学生と過ごしてきた中で
ずっと抱えてきたコンプレックス
ひとつだけありました。

 

それは…
「周りの目を気にして過ごすこと」

まず、小学生の頃。
いつもズボンばかり履いていて
スカートを履くことができなかった。

理由は…
「誰かにスカート履いてる!と
言われるのが怖くて
タイミングを失い続けてきたこと」

くだらねぇー!!
って思いますよねww
でも、私は気になって仕方なかったんです。

そして、ずっと気にしてたけど
おしゃれに興味を持ち始めた
小学4年生のとき、勇気を振り絞って
スカートを履いていったら…

誰もなーんにも言わないのね!w
(誰も見てねぇよ!な小学生時代w)



それから、中学生になると今度は
どのグループに属していると
イケてる女子なのか問題」に直面しますw

学生のときのグループって
だいたい3グループに
分けられるんじゃないかな?

簡単に言うとこんな感じ。

イケイケ(ちょっとヤンキー)グループ
普通グループ
真面目で目立たないグループ

 

中学生になった私は
このグループの中で
イケイケに入りたい!
と思っていました。

ところが実際の私は、
イケイケグループではなく
普通グループに属していました。

『イケイケグループにいたら
イケてる女子に見られるのに』

と毎日もやもやしていました。
ここでも周りの目を気にしていました

そんなもやもやを抱えながら
卒業まで普通グループで
何事もなく生活するのでしたw

何事もなく、卒業できたことって
本当にありがたいことなのにね。

感謝が足りなかったことと
承認欲求が強かったことが
一番の反省ポイントだと思います。

関連記事:承認欲求が強い人が自力で満たされる方法。(後日up予定)

 

コンプレックスは治さなくていい。

そんな学生時代を過ごしてきて
30歳になった今、本当に
どうでもいいことをずっと
気にしていたなと感じます。

いやいや、誰も見てないから!

と過去の私に言いたいw
お疲れ、自分って感じ。

ただ、日本の人の特徴なのか
『人の目を気にする人』って
結構多いと思うんです。

誰かに相談しても気にするな
アドバイスされたり、
くだらないって言われたりして
根本的な解決にならないことも
結構多いと思うんですけど。

「そんなことわかってるわ!」

って思いませんか?
私はいつもそう思ってきましたw

頭ではわかっているけど
気になるものは気になる。

なんか言われたらどうしようとか
どう思われるかなとか。

正直ね、性格だから仕方ないです。

この性格を治そうとするために
自分のエネルギーを消費するなんて
もったいないだけだし無駄です。

活かす方法だけ考えればいい。
気になるからこそ感じ取れるものや
空気を察する力だってあります。

関連記事:人の目を気にする性格を変えたい!(後日up予定)


社会人になって出会った彼と結婚。

大学を卒業した私は福岡を離れ、
東京に就職をしました。
憧れの東京で憧れの一人暮らし。

就職先は営業職で8時に出勤して
20時に退勤するという今風にいうと
なかなかのブラック企業でした。

私自身はブラックだとは思っていなくて
成績が出ていないのだから、
遅くまで仕事をすることも
休みの日に出社することも
全部当然だろうと思っていたので、
毎日コツコツ頑張っていました。

この会社の同期として
出会ったのが元夫だったんです。

私たちはまるで寂しさを埋め合うように
毎日一緒にいて、会社でも家でも
ずっとくっついていました。

一緒にいる時間が長くなるにつれて
エスカレートする喧嘩と元夫の暴力

『私が彼を怒らせたから』

『私がすべて悪いんだ』

と全部自分のせいにして
彼と一緒にいたい気持ちを
増大させていきました。

そんなある日、元夫は
「会社を辞めたい、あそこはブラックだ」
と私に相談を持ち掛けてきました。

「ゆあも一緒にやめよう
ゆあ一人残して辞めたくない。」

そう言われて正直迷いました。
まだまだ頑張りたい気持ちと
彼と一緒にいたい気持ち。
会社でも彼と一緒に居すぎて
居場所がないから残っても…という気持ち。

ただ、何より断ったら
彼になんて言われるか…
という気持ちが一番強かった。

そして二人でやめることを決めて
会社に言いに行きました。

私は当時の課長と面談。
やめることを止められたのはもちろんのこと
元夫との交際についてもたくさん助言を
いただきました。

  • 元夫とは別れた方がいいこと
  • 元夫は自分勝手な人だからきっと
    本当につらい場面に直面したら
    君を置いて逃げていくと思う
  • 元夫は空気が読めないから
    大きい会社での出世は望めない

などなど。
課長も長く生きてきて
似たような男の人も
見てきたのでしょう。

今さらですが、ちゃんと聞くべきだった。
全部当たっていました。
課長、すごいっす!

 

私たちが付き合っていた期間は2年。
その間友人や知人からはことごとく
別れるべきだと言われ続けていました。

肋骨にヒビが入っても
自分のせいだと言い続け、
部屋の壁に穴が開いても
私が彼を怒らせたから
信じて疑わなかった。

私たちは別れられませんでした。
なぜなら私たちは共依存の関係にあったからです。

関連記事:共依存は幸せなのか?離脱症状はあるのか。体験するとなかなか抜け出せない!(後日up予定)

 

周りが見えなくなっていた私は
地獄に落ちても彼についていく
と心の中で思いながら結婚。

しかし、本当の地獄が待っていた。
ちなみに結婚を機に
福岡に帰ってきました。

関連記事:満員電車が怖い。降りられない恐怖から2時間半前に家を出ていた話。

 



結婚してから変わる男性。

私の友人にもシングルの子がいますが、
「彼は結婚してから変わった」
いつも言っていました。

結婚する前にわかるだろうと
全く信じていなかったので、
自分の彼氏は絶対に変わらない
信じて疑わなかった。

恋愛経験が少なかったのかw

結論から言えば、
私の元夫は結婚して
明らかに変わりました

仕事がうまくいかないのは
全部私のせいだと言ってきました。

自分は悪くない、お前の存在が
すべてうまくいかない原因だと
毎日罵倒するようになりました。

 

関連記事:人に振り回される人生でいいのか?全部人のせいにする人の特徴。

 

「働けない低能が!」

「いいよな、家でダラダラしてんだろ」

などと暴言を吐きながら、
時には夫婦喧嘩がエスカレートして
殴りかかってきたこともありました。
殴ったあとは一定の時間を経て、

「ゆあを愛している」

「ゆあしかいないんだ」

「ゆあが必要なんだよ」

態度が変わったのを覚えています。

そんな中、一人目の子が生まれ、
幸せな結婚生活が始まるのだと
希望に満ち溢れた感情を抱いたまま
子育てライフが幕を開けたのでした。

 

関連記事:DVと共依存の関係。私の体験したDV男はこれだ。(後日up予定)

 

想像と違う毎日。

私の描いていた理想の結婚生活は
朝は旦那を見送る。
家のことと子どものお世話。
子どもと散歩に行ってみんなで夕飯。
一緒にテレビを見る。
それぞれお風呂に入ったら、
子どもを挟んで川の字に寝る。

休みの日は母も連れて
一緒にお出かけしたり、
外食したりしたい!

こんな生活を夢見ていました。
普通っちゃ普通だけど、
甘いっちゃ甘いですよねw

こんなドラマみたいな
平和な生活はなかなか
難しいものですよね。

ただ、根本的に共依存という関係で
始まっていたわたしたちなので、
当然うまくいくはずもなく、
私はいまさらですが、反省しまくる日々です。

罵倒される毎日。
ゲームばかりしている元夫の背中。
ほぼワンオペな育児。
唯一の楽しみは娘を抱きながら
母としゃべることくらい。

友人と遊びに行ったら
なんて言われるかわからないから
極力家に居ようと思っていました。

夜には性的暴力もありました。
子どもが泣き出したからやめてと
拒んでいる私を押さえつけて
必死に動き続ける元夫に
むなしさと恐怖から涙が止まらず、
とにかく時間が過ぎるのを待ちました。
ことを終えた元夫はそのまま爆睡。
私は泣きながら夜を明かしました。

結婚生活を少しでもよくできないか
相談しても意味不明な返事しか返ってこず、
少しでも指摘すれば大喧嘩に発展。

元夫もなんで喧嘩になったのか
わかっていないこともあり、
私も元夫も、そして私の母も
ストレスで限界を感じていたと思います。

 

関連記事:アスペルガー症候群を疑った理由。宇宙人と話す日々の苦悩。(後日up予定)

 

二人目の妊娠が発覚

泣きながら耐えたあの日、
私は神様からプレゼントを
授かったのです。

なんて小説の一節みたいな
ことも言ってみたいよねw

何の根拠もないのですが、
二人目の妊娠は直感で男の子だって
思いました!後付けかな?w

ちなみに妊娠がわかったとき
元夫は喜んでくれました。
機嫌がいいときに報告できたのでしょうね。

しかし、二人目の発覚に
元夫以上に喜んでくれたのは母。

その時の顔は忘れられません。

後日談ですが、母は当時、

親一人子一人の離婚はつらい、
どうにかもう一人授かれば寂しくない。
離婚しても大丈夫だから。

こんな風に思っていてくれたみたいです。



別居から離婚まで

ある日、私は娘を元夫に預けて
つわりで気持ち悪い中仕事に行きました。

家に帰ると、ごはんもない。
お風呂も洗っていない。
朝用意していた離乳食は
すべて食べさせてあり、
お皿は洗っていない。

今の私なら許せるのですが、
当時はどうしても気に入らず
不機嫌な私に元夫も不機嫌MAX!

ちょっとしたことから
大喧嘩になり、警察を呼びました。

私たちの関係はこのとき
完全に終わっていたのです。

元夫は両親に引き取られ、
実家に帰っていきました。

いつかまた元通りになると
信じていた義母の期待とは
裏腹に月日は流れていき、
別居期間は3年半続きました。

その3年半の間、元夫が
子どもに会いに来た回数は
たったの2回。
愛情があるとはとても思えませんでした。

 

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子どもたちに会いに来ない愛情のなさ
何度言っても伝わらないもどかしさ
声を聞くだけで募るストレス

限界を感じて離婚を決意。
離婚して欲しいと伝えると
元夫は慰謝料は払わないとか
仕送りもしないとか
一切の責任をとらないとか
いろいろ言ってきました。

全部、お金のことw
ちいせぇ!w

しかし、ある日突然
手のひらを反すかのように
はんこを押すと言ってきたのです。

おそらく、籍を抜いたところで
何も変わらないと誰かに聞いたのでしょう。

それくらい血も涙もない人でした。

 

シングルマザーとして生きる。

覚悟がなかった前期。

晴れて離婚した私は
いろいろな現実に
ぶち当たりました。

ずっと実家にお世話になっていたので、
家賃や光熱費がこんなにかかるのか!
食費ってもっと削れるんじゃないのか?
何にこんなにお金使ったんだ!?
など
もうすぐ三十路にもなろうとしているのに
何もわかっていなかった!

世間知らずのジャイアンw

 

関連記事:「私ってクズやな」と思ったときのリフレッシュ方法10選。(後日up予定)

 

「仕事行きたくない」という感情を
胸にしまって会社に行く毎日。
普通のことなのにつらいw

仕事にちゃんと行っている
サラリーマンってすごいなと
本気で感じましたw

もちろん元夫も含めてw
仕事にちゃんと行くってえらいよね。

甘えすぎだろ!って思った人、
コメントくださいねw

関連記事:朝の通勤が嫌な人ってどれくらいいるのだろう、と考えてみた話。(後日up予定)

そんな甘ったれた私に
一筋の光が差したのは
ブログで収益を上げている人の話

私の未来は明るいかもしれない!
と希望をもっていろいろな本を
買い漁ってみたり、手が出るくらいの
ネット商材を購入してみたり
いろいろやりました。

関連記事:ノウハウコレクターになってしまう人にありがちな行動パターン。実体験から感じること。

本当の意味での離婚。



離婚してからも元夫とは
連絡を取っていました。

子どもの誕生日やクリスマス。
お礼やあいさつ程度の連絡でしたが、
他人だからこそ妙に優しくできたのかも。

それかもう一回惚れ直してもらうために
小さい努力をしていたのか…

結論、私がいかにクズかってことよねw

 

離婚してからはじめての夏。
私は子どもを連れて関東に行きました。

そこで転機が訪れました。
ものすごく冷静に元夫と顔を合わせられたのです。

離婚して初めて会ったからというのもあると思います。
第三者のような目で元夫を見ることができた。

私の目に映った元夫は
あまりにも幼く、
まるで大学生のような
顔つきをしていました。

きっと実家にずっといて
何も言わない義母のもとで
のびのびと暮らしているのでしょう。

抱えるものがあると
顔つきがしっかりしてくると
よく聞きますが、
抱えなくなった人が
こんなに抜けた顔に
なるもんだなーと。

元夫の部屋にはゲーム機が散乱し、
息子が手を伸ばした先には
某ゾンビゲームが山積み。

やりたいことをやりたいように
やって生きているんだなと感じました。

話せば話すほど合わない価値観。
意見を求めるたびに返ってくる
完全にズレた返事。

「ずっと感じていた違和感ってこれか」

今までの結婚生活はきっと
単なるおままごと感覚で、
幼い子ども同士が好き好きの延長で
結婚し、子どもまで生んだのだと。

 

そして決定的なことが起きました。
息子がゲーム機に触れそうになった途端、
元夫は声を荒げ、小さな息子の体を
弾き飛ばしました

その後、元夫は泣いている息子に
謝るわけでもなく無言で
ゲーム機を片付けていました。

怖くなりました。
「もう無理だ」
本気で思った瞬間でした。

早く帰りたい…
誰にも言えない。
もう関わりたくない。

ただ、義母は本当に優しいんです。
だからとにかく義母と
一緒に楽しい思い出を
たくさん作ろうと思って
気持ちを切り替えて過ごしました。

最終日、夫と義母が駅まで送ってくれて
長かった関東への旅行が終わりました。

帰りの新幹線で涙が止まらなかった。

正直、なんであんな人と
結婚をしてしまったのかという思い

心のどこかでまだうまくいくんじゃないかと
期待していた気持ちが全部裏切られたこと

淡い期待をしてしまっていた自分への情けなさで胸がいっぱいでした。

そんなことがあった年の暮れ。
元夫は正式に離婚して
連絡も取りたくないと言ってきた。

彼女でもできたんだろうね。
「子どもには会うけど…」と。

え、待って?
会ってあげるみたいなスタンスなに?w

会わせねぇーよ?!

とも思いますが、
それ以前に会いに来ることも
ないと思います。

血も涙もないですから。
ただ、どうしてこうも上から来るのかw

永遠の疑問です。

試行錯誤しながら生きる。

いろいろあった2018年も終わり、
心機一転、まるで別人のような
心境で迎えた2019年。

情というのは怖いもので
元夫に対して全く縁が切れたとか
もう一切考えないとか
大嫌いという言葉は嘘になります

共依存という関係は
本当に深い傷を作るんですね。

時間が経ってもまだ
どうにかなるのではと
ふと思ってしまうところもある。

でも、これって離婚を経験した人や
別れを経験したことがある人は
感じたことがあるんじゃないかな。

自分が思っているほど
相手は思っていないとか
相手が思っていても通じないとか。

男女間って本当に大変ですねw

ただ、ひとつだけ
この数年で経験したことから
学ぶことって本当に多い。

何を言っても自分しかいないんですよね。
誰か助言してくれる人がいて
たくさんアドバイスを聞くことは
いいことだと思うし、参考にすべき

ただ、最後に決めたのは
絶対的に自分だということ。

 

関連記事:「自分の人生の主人公は自分」大好きな先生が卒業式で送ってくれた言葉は大人になって身に沁みる。(後日up予定)

これからの私について。

2020年。
東京五輪開催に向けて
盛り上がりを見せる日本。

それと一緒に盛り上がっていきたい
気持ちもありますが、
来年までは勉強に打ち込む年かなと。

理由は特にないけど、
子どもが大きくなるということは
私も少しずつ成長していないと
みっともない母にはなれないから。

 

とにかくなんでもいい。
吸収しまくる30歳として
2019年を過ごし、
それを活かしながらさらに
深くなる31歳として
とにかく今は頑張ります。

だからこそ、悩んでいる人の話も
聞きたいし、意見があれば教えて欲しい。

そう思っています。

いっぱい失敗して
いっぱい泣いても
人生は100年ありますw

泣いた今日のことって50年後、
もしかしたら覚えていないかも。

もしくはその経験を糧にして
大きな成長を遂げるかもしれない

 

まだまだ先は長いということ。
せっかく生きるなら楽しいほうが絶対いい!

泣きたくない!って思っていても
泣く日は必ずきます。

楽しいことばかりで
生きている人なんていないです。

ただ、泣いた日をどう活かすか
今もしも泣いているなら、
泣いてしまった原因から
何を学び、どう活かしていくか。

例えば、失恋したことで傷ついたなら
相手を咎めるのではなくて、
“こんな考えの人とは合わないんだ”
“そういえばあのときあれ?って思ったのよね”
“次違う人と同じ場面に遭遇したら
考え直すようにしよう”とかね。

人生は気付きと分析の連続だと思う。
一番の成長ポイントは
いかに気付くことができるか!
だと勝手に思ってます。

 

関連記事:人生は気付きの連続。気付くことができれば楽しいことの連続。

「人生に遅すぎるということはない」

安藤百福さんの言葉です。
まだまだこれから!

長くなってすみません!
読んでくださってありがとうございました。

悩んでいる人にとって
少しでも参考になれば嬉しいです。

下には下がいるとか
こんなやつでも頑張っているから
私も頑張ろうとかそんなんでもいい。

一緒に頑張りましょう!

横山ゆあ

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